合唱団じゃがいもは、作曲家の林光さんとともに、数多くの作品を作ってきました。
林光さんが書いてくださったじゃがいもについての文章をご紹介します。

光・通信 その71. 掲載日[2010.11.30]

 最終章をのこして中断していた「なめとこ山の熊」の作曲を、7週間後に再開したところだ。
 林が宮澤賢治と出会った1940年代後半、敗戦という痛手からの脱出の手がかりを求めて同じようにはじめて出会った賢治を読んだ人びとは多い。
 「グスコーブドリの伝記」、「ポラーノの広場」、「風の又三郎」、「銀河鉄道の夜」などに人びとは、再建ではない、新しくつくられるべきクニ、いわばユートピアの夢を見たのだ。
 そのような、いまから思えばいわば未来志向優等生みたいな賢治像からすこしづつ抜け出しかけている頃に、山形市の「合唱団じゃがいも」との付き合いがはじまった。
 「じゃがいも」の指導者鈴木義孝と出会ったのは1981年。翌年の齋藤茂吉生誕百年祭のために茂吉の短歌を素材とする作曲を依頼に来た県文化課のお役人が鈴木さんだった。
 依頼を受けて、茂吉の短歌10数首と歌論の断
片をテキストにして、バリトン独唱、合唱とオーケストラの『赤い風の風景』の作曲を完成、1982年5月にリハーサルに山形市へ出かけてみたら、市内のアマチュア合唱団を集めた二百名ちかくの祝典合唱団の指揮をしているのが、その鈴木義孝というヒトだった。
 やがて列島のなかでもとくに合唱コンクール指向の旺盛な東北地方で、それには見向きもせずに「ふつうの声で等身大の歌をうたう」「合唱団じゃがいも」は指揮者の鈴木さんと共に成長しはじめたころ、林はあらためて「鈴木とじゃがいも」にであったのであって、ユートピア指向でない賢治の物語、『かしわばやしの夜』、『狼森と笊森、盗森』、『鹿踊りのはじまり』などの合唱劇の共同作業がそこからはじまった。
 賢治だけではない。バッハのカンタータ『物見よ、めざめよという声がする』全曲の日本語上演など、じゃがいも以外のどこがするだろうか。
 そろそろ賢治合唱劇も締めくくろうかとどちらともなく言いだしたおととし、それなら気になっていた『なめとこ山の熊』をやろうと決めた。
 バタくさいユートピアものとちがって賢治の東北ものにピアノという楽器はどうしても異質なのでこれを廃し、そこまではよかったが、フルート、マリンバ、ヴィオラ、ファゴットとしゃれてみたらこの楽器編成の書きにくいこと。けれども書きにくい編成と格闘するのもはげみになるというのが、79歳を過ぎた30年代生まれの業(ごう)のようなもの。もうじき月光のもとでの熊どもによる小十郎の鎮魂歌のシーンの清書にとりかかるところだ。

第37回定期演奏会プログラム [2010.12.18]

 念願の「なめとこ山の熊」の作曲を果たすことができた。
 何度か思い立っては ためらい、とりわけ母子熊の対話や山上の通夜のような、ある種 神々しい情景に押しかえされない音楽が書けるだろうか、などと迷っているうちに、時が経ってしまったのだった。
 今年あたりが最後の機会と思っていたら、幸いにも 一年おきの「じゃがいも」との共同作業の年であり、よろこんで委嘱を受けた。
 「じゃがいも」と鈴木義孝さんのために、これまでイーハトーボ開拓史三部作と勝手に名づけている『かしわばやしの夜』(1996)、『狼森と笊森、盗森』(1998)、『鹿踊りのはじまり』(2002)を作曲し、どれも、加藤 直さんによって舞台化されてきたが、今回の『なめとこ山の熊』は、それらにつづくエピローグ、ひとつの「しめくくり」だという気がしている。
 あの「指輪」の対極にある、もうひとつの四部作。
〔曲目:⑴『宮沢賢治の詩によるソング・アルバム』、⑵合唱劇『なめとこ山の熊』〕

光・通信 その73. 掲載日[2011.7.6]

 ことしは国分一太郎の生誕百年にあたる。生活つづり方といえば、林以後の世代ならば「やまびこ学校」を思いうかべて当然だが、その源流は国分さんたち、戦前戦中の国語教員らの奮闘にある。「やまびこ学校」とちがって治安維持法におびやかされながらの国分さんたちの仕事は、新憲法にまもられたわたしたちから想像を絶するものであったにちがいない。
 国分さんの出身地である東根市(現)で毎年ひらかれている研究会(ことしは、7月23、24日)の1日めに、林は山形市の合唱団じゃがいもと共に出席し、谷川俊太郎・詩、林作曲の市歌『東根市の歌』、国分さんの詩に林が曲をつけた『最上川』そのほかを、林のトークをまじえて演奏する。新曲がひとつ。『さくらんぼが実るころ』合唱版。
 これはもちろん、東根市のシンボルさくらんぼにちなんだ(それともこじつけた?)ものだ。パリ・コミューンのたたかいの記憶を青春の激しい恋とその結末に重ねあわせた、このクニでも愛唱されてきたシャンソンは、その精神において、ただのこじつけを越えて、国分さんの、生涯を通した生きかた(生きざまなどというコトバを林は金輪際用いない、死にざまという由緒正しい語ならば、そのうち演じてみせてやる)と共振するところがあるはずだ。

第16回世田谷ファミリーコンサート・チラシ[2011.7.]

合唱団じゃがいも のための広告
 「じゃがいも」は不思議な集団である。合唱団というのは、しばしば規律だとかきびしい練習だとか勢いだとかが表に出て目立つものだが「じゃがいも」にはそれがない。
 なんとなく楽しげで、はたから見るとのんびりとさえ思える行動が、かれらの規律であり練習であるらしい。ゆったりとした練習場は居心地がいいから、団員の娘や息子たちはその片隅で遊んだり本を読んだり過ごし、そのうち当然のように正式のメンバーになっていく。「子じゃが」と呼ばれて最初は自分らの出番をつくってもらっていた彼らは、やがて成人して親たちと肩を並べるようになる。最近は「孫じゃが」たちがそのあとを追いはじめている。
 好奇心、肩をいからさない、自然体の声と演技、これらのじゃがいも流をつくり出した中心に、結成いらいの指揮者 鈴木義孝さんがいる。ヴォイス・トレーナーに声をつくってもらっておいて、おもむろに「指導」するというような合唱指揮者からもっとも遠いところに彼はいる。このような、合唱共同体とでもいいたい集団はめったにない。
 だからぼくはいくつもの実験的な合唱作品の初演を鈴木さんと「じゃがいも」に委ねてきたし、それを後悔したことはない。
 「合唱がすべて」とむきになったりしない「じゃがいも」の良さをことばで伝えるのはむずかしい。実物にふれてお確かめください。
〔曲目:⑴『じゃがいも・ソングアルバム』、⑵合唱オペラ『セロ弾きのゴーシュ』〕