合唱団じゃがいもの合唱劇 17

合唱劇 なめとこ山の熊(委嘱初演)


原作     宮沢 賢治 「なめとこ山の熊」
台本・作曲  林   光 (2010)

《合唱団じゃがいも第13回委嘱作品》 
 芸術文化振興基金助成事業


初演
2010年12月18日(土)昼15:00開演 夜18:45開演
山形市中央公民館(アズ七日町)・ホール《2回公演》

再演予定
2011年1月23日(日)14:30開演
東京都葛飾区かめありリリオホール




 熊撃ちの名人淵沢小十郎となめとこ山に住む熊との「命」を介した交歓を描き、荒んだ人間社会に疑問を投げかける宮沢賢治の秀作「なめとこ山の熊」。
「オペラ セロ弾きのゴーシュ」など、数々の賢治作品をオペラや合唱劇にした林光氏が、合唱団じゃがいものために合唱劇に書き下ろし、賢治作品の合唱劇の集大成として初演します。

プログラム・ノート             

林 光 

 念願の「なめとこ山の熊」の作曲を果たすことができた。
 何度か思い立っては ためらい、とりわけ母子熊の対話や山上の通夜のような、ある種 神々しい情景に押しかえされない音楽が書けるだろうか、などと迷っているうちに、時が経ってしまったのだった。
 今年あたりが最後の機会と思っていたら、幸いにも 一年おきの「じゃがいも」との共同作業の年であり、よろこんで委嘱を受けた。
 「じゃがいも」と鈴木義孝さんのために、これまでイーハトーボ開拓史三部作と勝手に名づけている「かしわばやしの夜」(1996)、「狼森と笊森、盗森」(1998)、「鹿踊りのはじまり」(2002)を作曲し、どれも、加藤直さんによって舞台化されてきたが、今回の「なめとこ山の熊」は、それらにつづくエピローグ、ひとつの「しめくくり」だという気がしている。
 あの「指輪」の対極にある、もうひとつの四部作。

加藤 直 


 旅は常に境界性を孕(はら)み その境界の向うを追求することこそが表現の本質の一つだ。と林光さんと百万遍仕事やら何やらをご一緒するうち実感し認識してきた。さらにもう百万遍共同作業をしたいと望んでいるボクは 次の光さんとの仕事に およそこれまでの仕事のモチーフとはま反対とも思える泉鏡花を提案した。妖美と幻影の言葉の魔術師と言われているキョウカを 音楽と声を携えアシタの表現「合唱オペラ」に仕立てようという試みである。題して「アシタ ノ キョウカ」。
 ところで 今回の「なめとこ山の熊」は じゃがいもと林光さんの(そしてボクが演出として関われる)賢治作品最後の作業だそうだ。「はじまりがあれば終わりはある」という考えに必ずしもボクは与(くみ)しない。始まった関係はカタチを変えこそすれ 終わらないのだ。確かに「劇場の仕事(ひょうげん)」は 音楽会であれ芝居であれその夜上演が終わるとまたたく間 姿を消す。けれどそれらを通じ一旦確たる関係が生じたら それでは済まない。永遠につくことのない落し前をポケットに 境界の向うもう一つの世界へ足を踏み外した旅人宜しく歩き続けるのだ。厄介だが「関係」の醍醐味でもある。
 世界と世間では大分ニュアンスが違うが 鏡花が河童や妖怪や美女や漂泊芸人の眼を通して語ろうとした「もう一つの世界」に 現在(いま)でも世間は充分驚き周章(あわ)てる筈だ。光さんの音楽や 風や野原が運んできた賢治のお話と同様「もう一つ」が別の「もう一つ」を生み留まるところを知らないのだから。
 そういう訳で 合唱するじゃがいもが これからもさらにさらに 自由自在に現代の遊行集団を気取り 世間の人々を狼狽(うろた)えまごつかせてくれることを ボクは切に願っています。

Staff * スタッフ

指  揮  林  光、鈴木 義孝
演  出  加藤 直

舞台監督  田川 律
照  明  安達 俊章
美  術  神保 亮

ピアノ   郷津 由紀子

フルート  足達 真弓
マリンバ  星  律子
ヴィオラ  茂木 智子
ファゴット 持田 富士美

演出助手  鈴木 瞳

美術    安藤 淳
      子じゃが

Cast * キャスト

小十朗     安藤 淳

小熊      鈴木 烈

旦那人形    鈴木 恵
旦那人形遣い  鈴木 瞳
小十朗人形遣い 安藤 淳
        安藤 與宏
平助      久保 健司
おきの     齋藤 美恵

合唱劇 なめとこ山の熊(委嘱作品)


1 なめとこ山は大きな山だ

2 熊どもは小十朗を好きなのだ

3 この次には熊なんぞに生まれなよ

4 母子の熊

5 町の大きな荒物屋

6 もう二年ばかり待ってくれ

7 ちょうど二年目のある朝

8 おれも年老ったでばな

9 小十朗おまえを殺すつもりはなかった

10 黒い大きなものがたくさん環になって

作曲者より


林光さんのホームページの「光・通信」にじゃがいもの「なめとこ山の熊」に関する記事が掲載されました。

こちらよりどうぞ。

LinkIcon光・通信 その71.「なめとこ山の熊」


「光・通信」では、過去にもじゃがいもの記事が掲載されています。

LinkIcon光・通信 その53. 合唱劇「セロ弾きのゴーシュ」
LinkIcon光・通信 その30. 合唱団じゃがいも

舞台評

池田逸子 音楽評論家 

 正月早々、山形産じゃがいもの出張産直販売があった。山形の「合唱団じゃがいも」が2007年から隔年で行なっている3回目の東京公演だ。
 「じゃがいも」の魅力はアマチュアらしさにあると言ってよい。練習所に子連れで来る者の傍らにいる子どもたちが、遊びながら親より先に歌を覚えてしまうので、「子じゃが」と呼ばれて共に舞台に立ったのはもはや十数年も前のこと。その「子じゃが」や「孫じゃが」までも包み込んだ飾らぬ(でも手間暇かけて仕上げた)美味、言ってみれば洒落たレストランの料理にはない家庭のご馳走が「じゃがいも」の舞台。その魅力に引かれてたくさんの観客が彼らの公演に足を運ぶ。作曲家・林光や演出家・加藤直らとのほぼ四半世紀に及ぶ深い交流を通じて得られたかけがえのない魅力、それが今回の東京公演でも存分に発揮された。
 作曲者の指揮で歌った宮沢賢治の詩によるソングアルバムは、林光の多数の賢治ソングの中から本公演のために編まれたもの。最初の「注文の多い料理店・序詞」(正しいタイトルは「序詞」)はこの公演の序詞でもあるだろう。歌われる含蓄の深いことばが、殺伐となりがちな今の世を生きる私たちの心に響いてくる。舞台で歌い語ることばの「幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものとな」るようにとの願いは、作者や演奏者だけでなく、この日の舞台に関わるすべての人の願いでもあるだろう。また2004年に委嘱初演した「冬と銀河ステーション」「北上川は熒気をながしィ」は台詞や演技を含むシアターピース的な性格が濃厚。一筋縄ではいかない作品だが、さすが台詞も演技も厭わない「じゃがいも」。郷津由紀子のピアノの明快な支えを得て練り上げた、生きのよい演奏で作品のおもしろさを堪能させてくれた。
 これらが「岩手軽便鉄道の一月」などの小品とセットになって、あたりがすっかり賢治の世界になると、いよいよ合唱劇「なめとこ山の熊」(宮沢賢治原作、林光台本・作曲、加藤直演出)の開幕だ。去年12月、山形で委嘱初演された新作の東京初演。熊撃ち名人小十郎となめとこ山の熊たち、たがいに殺し殺される関係にある人間と動物の切なくも感動的な物語を、林光は声(歌)と楽器(フルート・足達真弓、マリンバ・星律子、ビオラ・茂木智子、ファゴット・持田富士美)がたがいに独立した対旋律となるような(あるいは伝統芸能における声と楽器のような)関係をもつ書き方で合唱劇に仕立てた。
 山形初演ののち作品をより深く掘り下げて解釈し表現した鈴木義孝指揮の舞台は本当に素敵だった。生き生きと小熊たちを演じた子じゃがの愛らしさに心温もらせ、小十郎の熊の皮と肝を買い叩く荒物屋の場面の人形浄瑠璃ふうな作りに感嘆させられるなど、きびきびと縦横無尽に歌い演ずるこの舞台に現在の「じゃがいも」の到達点が如実に示されている。満喫した。
=1月23日、東京・かめありリリオホール

(山形新聞2011年2月26日夕刊掲載)


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